HOME > cultural_anthropology

「仕事なにやってんの?」
「研究職だよ」
「何研究してんの?」
「文化人類学。」
「何それ?難しそうだね…」


こんな場面に何度私は遭遇したことでしょう。「文化人類学」と言った瞬間になんとなく周りが引いていくあの感じは、なんとも歯がゆいものですが、だからといって一言で説明できるわけもなく、いつももどかしさがつのります。そこでここでは「文化人類学」はどんな学問かについて私なりに説明してみたいと思います。

こんな日常も研究対象アメリカの習慣ハローウィンは日本でどう変わったのだろうか?

1.「となりのあなたに世界はどう見えているか」を考える学問

私たちは日常生活で、自分とは全く違うものの考え方や価値観を持つ人に出会います。それは「私とあなたの世界の見え方の違い」と言い換えることもできるでしょう。文化人類学は、「世界は相手にどう見えているのかを、相手の世界の内側から理解しようとする学問です。

築地市場は外国人観光客にどう見えているのだろう?日本人の私たちには思いもつかないことが海外の文化人類学者に調査されていることはよくある。

2.「となりのあなたに世界はなぜそう見えるのか」を考える学問

相手に世界はどう見えているか」だけでなく、「なぜ相手にとって世界はそう見えるのか」も文化人類学者は考えます。一見すると、意味が分からなかったり、奇妙に見えるものの考え方や価値観も、相手の世界から見ればそれは筋の通ったものかもしれません。

とりあえず否定なしで話してみよう。内戦前のシリア。否定の連鎖が笑顔の連鎖に変わる日はいつ来るだろうか。(photo by Akashi Chie)

3.私が自分の世界を大事にするように、相手の世界を大事にする学問

「相手の世界観は自分の世界観と同じように価値がある」という姿勢で文化人類学者は研究を行います。この姿勢は自分の価値観で安易に相手のものの見方を否定したり、見下したりすることを防ぎます。文化人類学ではこの姿勢を「文化相対主義」と呼びます。

大好きな場所に行ってみよう。 (スペインの広場 photo by Masami Ujiro)わくわくする場所に行ってみよう。 (photo by Mataga Misako)

4.お出かけの学問

文化人類学は本を読んでいるだけではできません。文化人類学者は、研究対象の人たちが住む世界に積極的に出かけます。文化人類学では、出かけ先のことを「フィールド」、そこでの研究を「フィールドワーク」と呼びます。

フィールドワークでは時間の進みを遅めよう

5.時間のかかる学問

1年や2年は文化人類学では普通の調査期間です。1日や2日で誰かを知ることはできません。「相手に世界はどう見えているのか」を知ることはとても時間のかかる作業です。

ラオスの市場。何を売っているのかな?指を指して「これは何ですか?」と聞いたら「さかな」っていう答えが返ってきた。びっくりしたが、間違いではない。

6.よく聞き、よく見る学問

文化人類学のフィールドワークの2本柱は、フィールドで相手の話をよく聞き、相手の生きる世界をよく見つめることです。相手の話をよく聞くことを「質的インタビュー」、相手の生きる世界をよく見つめることを「参与観察」と言います。

現地の人の協力で初めて成立するフィールドワーク彼らに世界はどう見えているんだろう? (インドの市場 photo by Sachi Ishi)

7.相手にも歩み寄りをお願いする学問

フィールドワークは、文化人類学者の努力だけではできません。相手に自分を受け入れてもらい、生活の中に参加させてもらうわなければフィールドワークは始められないからです。文化人類学は、研究の対象となる相手に多大な協力をお願いする珍しい学問です。

多様性が大事ってよく言うけれど、多様性を大事にするって具体的にはどういうことか考えたことがあるだろうか?日本では見られない光景も現地の人にとっては意味がある。 (タイの日常。商売の神様ガネーシャにお祈りをする女性。photo by Kohei Kogiso)

8.「人がそれぞれ違うこと」に思いをはせる学問

フィールドワークを行うと、世界の捉え方の多様性を実感します。自分の当り前が、相手の当り前ではないことを実感し、フィールドを共有する人の考え方も多様性があることに気づきます。文化人類学は、人がそれぞれ違うことに思いをはせる学問です。

彼女たちと私たちはどう同じなんだろう? (シリアの女性たち photo by Chie Akashi)一見すると圧倒的な差異の中にある人間の普遍性とは?

9. 「人がみな同じであること」に思いをはせる学問

文化人類学のゴールは「人がそれぞれ違うこと」に気づくことではありません。人がそれぞれ違うだけで、何も共有していないのなら、共に泣いたり、笑ったりすることはできないでしょう。それぞれ違いつつも心を通わせることができるのは、私達が何か共通したものを持っている証拠です。文化人類学は、人がそれぞれ違うという事実から、人はどのように同じであるのかを考える学問です。

文化人類学を学んだ先にあるものは?一見すると圧倒的な差異の中にある人間の普遍性とは?

10.自分が成長する学問

相手の世界に寄り添おうとすればするほど、自分が今まで信じてきたものや、当たり前と思ってきたことを疑わなければならなくなります。それは自分のよって立つところを崩されるような居心地の悪さを産みますが、そうすることで、自分の良心の在りかを確認したり、ものの見方を広げたりすることができます。文化人類学者は自分を成長せさせるために調査をするわけではありませんが、それがおまけでついてくるというお得な学問です。

留学時代、なにかを一生懸命説明しようとしている私。しかし、何を説明したかは失念。

まとめ‐文化人類学はつながりの学問です

自分にとって自分の世界が大事なように相手の世界を大事にすること。相手の生活をよく見て話に耳を傾け、体験すること。その過程で相手にも歩み寄ってもらいながら、相手の世界を理解しようとすること。これは、「文化人類学」という仰々しい名前を持ち出すまでもなく、多くの人が誰かとつながる際にこころがけることでしょう。
 それではこのような当たり前を行う文化人類学の意義は何なのでしょうか。文化人類学の意義は、人と人がつながろうとする際に当たり前に行うことを、学問として行おうとしていることにあると私は思います。
 相手の立場に立つこと。相手の話に耳を傾け、世界観を眺め、それを体験し、相手にもあゆみよってもらいながら、相手を理解しようとすること。これを研究の中で忠実に行おうとする学問を私はほかに知りません。その意味で私は文化人類学を「つながりの学問」であると考えています。


プロフィールプロフィール